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『妖怪ウォッチ』は水木しげるを殺したか?

『妖怪ウォッチ』は水木しげるを殺したか?

 レベルファイブ(福岡市のゲームメーカー)の『妖怪ウォッチ』というのが大人気だそうだ。レベルファイブは、『レイトン教授』を当てて、『イナズマイレブン』を当てて、『ダンボール戦機』も当てて、『ガンダムAGE』は知らんけど、またしても『妖怪ウォッチ』で爆発してて本当にたいしたもんである。

 こういった人気コンテンツが出てくるとわらわらと湧いてくるのが「なぜ人気になったか分析」だ。二匹目のドジョウを狙いたい人が飛びつくのだろうけど後付の分析ほど本当に本当に役に立たないものはない。

 革新的なデザインだった、細部まで丁寧に作っている、○○の効果を狙っている……etc

 いつの時代の新製品やコンテンツに対しても、必ずついてくるドヤ顔解説。これらはもう聞き飽きた。

 どんなコンテンツにも必ず何らかの意図はあるし、優れた部分はあるし、優れていない部分もある。それだけで売れたり売れなかったりするというものでもないというのは、小学生でも理解できる理屈だ。しかしどうしたってこういう「良い物を作れば売れる」式の主張は後を絶たない。ありコンテンツにたいしては、そもののクオリティと、マーケティングと、あと運(強力なマーケティング=情報操作を仕込めないなら運しかない!)がいろいろ組み合わさってヒットしたとしか言えないのに、バカにもわかるように一言で説明して欲しいという怠惰な需要と、「努力は必ず報われる」思想の根強い支持が、ドヤ顔解説が蔓延し続けてしまう理由だ。

 そんなものは聞き流しておけば良いのだけど、たまたま見かけた中に、漫画ファンとしてどーしてもひっかかった意見があった。

 『妖怪ウォッチ』は水木しげるの呪縛から脱した妖怪デザインが凄い。これを成し遂げた者は誰もいなかった=だから売れた。

 革新性の獲得というのは、主にクリエーター志向の人間に好かれる解説なので注目を集めやすいのだが、こういうのをうっかり真に受けてしまうというのは、多くのクリエーターとクリエーター予備軍が圧倒的に勉強不足ということに尽きる。

公式サイトから。たしかに水木しげるの妖怪とは全く違う。デザインもポケモン風だし、伝承とは無関係なオリジナルの妖怪が多く並ぶ。ジバニャンはピカチュウに相当するキャラなのだろう。ただし付喪神的な発想や、ダジャレっぽくてユーモラスな妖怪というアイデアは、鳥山石燕や水木しげるの妖怪の作成法の範疇を脱しきれてないとも言える。

 さて、水木しげるの妖怪デザインに影響されていない作品といえば何があるだろうか。ヒットしたメジャーな作品でも『怪物くん』(1965)『ドロロンえん魔くん』(1973)『孔雀王』(1985)などがぱっと思い浮かぶ。これら作品は水木しげる妖怪デザインの直接的な影響は見られない。アニメが主導だが『妖怪人間ベム』(1968)なんていうのもあった。あれの妖怪人間ってのは完全に火星人か何かみたいだったし、なんだかよくわからない敵の妖怪が多くて怖かった。

 そしてなんといっても手塚治虫である。手塚治虫が水木しげるの妖怪ブームに対抗して描いた『どろろ』(1967)は完全に妖怪まんがだ。水木しげるに嫉妬して描いた作品であるから、もちろん水木しげるのデザインなんかに影響されるなんて死んでも避けるのが手塚治虫である。あくまでオリジナルな妖怪を出し続けた。


手塚治虫『どろろ』より。「金小僧」なんてのは、水木しげるには絶対に出てこない妖怪。

手塚治虫『どろろ』より。「金小僧」なんてのは、水木しげるには絶対に出てこない妖怪。しかしマンガのほうはイマイチヒットしなかった。手塚治虫のネームバリューもあるし、設定も優れているし、アニメ化までしてるんだからそこそこ良かったとも言えるけど、当の手塚治虫が飽きて途中で放り出してしまった!致命的だった。

 じゃあ、「水木しげるの呪縛」というのはいつ発生したのか?というのが問題になってくる。

 『ゲゲゲの鬼太郎』がはじめてアニメになったのは1968年だ。そして1970年から90年代にかけて『水木しげる妖怪画集』『』『日本妖怪大全』『妖鬼化』などの妖怪図鑑の類を数多く出版していくことになる。これで一気に妖怪ブームが起きる。僕も子供の頃に『妖怪なんでも入門』や『妖怪百物語』なんかを買ってもらってボロボロになるまで読んだ口だ。

 とすると1980年代には既に「水木しげるの呪縛」というのが発生していたことになる。我々が「妖怪」というものを思い浮かべる時には、水木しげるの紹介する妖怪たちから離れられなくなっていたのはこの時期からだ。

 そしてそれ以降は、水木しげるの『ゲゲゲの鬼太郎』とその世界観の影響力を塗り替えるほどの妖怪マンガやアニメは遂に登場しなかった。前述の『孔雀王』の後にも、『地獄先生ぬ~べ~』(1993)や『犬夜叉』(1996)などというヒット作もあったが、最大瞬間風速ではいくらでも水木しげるを超えていたと思うけれど、結局は水木しげるの妖怪の天皇という地位は揺るがなかった。

 しかしこれはしょうがない。他の作家が新しいイメージを作れなかったわけではなくて、相手が強大すぎただけなのだ。なにせ鬼太郎ときたら、1968年から2008年まで6回もTVアニメになっていて、10年ごとの各世代にファンのいる息の長い作品だ。かの『鉄腕アトム』にしたって、ハリウッド映画版や『ジェッターマルス』をカウントしたとて5回しかアニメになっていない。TVアニメとしては3回放映されただけだ。鉄腕アトムを一度も見てない人間でも、鬼太郎は見ていたりするのだ。

 もはやこれは妖怪のデザインが優れているというより、鬼太郎というキャラクターの耐用年数が、ルパン三世やドラえもんやサザエさん級だったということだ。だからこれのイメージを塗り替えるためには、それ以上の息の長いヒット作を生み出して、別の妖怪のイメージを植え付けるしか無いということになる。それが『妖怪ウォッチ』に可能なのだろうか。可能かもしれないし、結局は瞬間最大風速にすぎないかもしれない。コンテンツの寿命など誰にもわからない。鬼太郎とその世界観の人気の耐用年数は尽きかけているとも言えるが、案外と妖怪やソンビみたいにしぶといかもしれない。境港市の水木しげるロードだって大人気であるし。対して『妖怪ウォッチ』はまだまだ実績が物足りない。

 ここで「絶対にそうなる!次は『妖怪ウォッチ』だ!」といいきるのは、単なる山師だから無視するほうが良い。

 『妖怪ウォッチ』は水木しげるを殺したか?という疑問。ここで、『イナズマイレブン』は『キャプテン翼』を殺すに至ったのか?などと考察してみるのも面白いかもしれない。『ダンボール戦機』は結局『ガンダム』に負けてしまった。『ダンボール戦機』の漫画版を連載していたコロコロコミックはそれを打ち切って、似たような『ガンダムビルドファイターズ』の連載をとってしまった(『ダンボール戦機』の漫画家の恨み節が凄かった!)。実績を固めたブランドはやっぱり強い。

 だいたい『妖怪ウォッチ』の本当の敵は『ポケットモンスター』なのだ。これも相当に実績を固めた強敵である。もう18年もやっている。取って代わることが出来るのだろうか。レベルファイブが飽きて放り出さない限りは勝機はあるとは思うのだが。


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