『ゴーンガール』デビッド・フィンチャーの映画を見よう!


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最新作『ゴーン・ガール』が大ヒット上映中のデヴィッド・フィンチャーの映画をおさらいしておこう!そんなに数は多くないぞ!

エイリアン3 Alien3 (1992年)


デヴィッド・フィンチャーは『エイリアン3』で長編映画監督デビューする。まさかの人気シリーズ最新作。しかし新人監督にこの映画は厳しかった。会社の口出しによりストーリーすら二転三転した挙句に、出演者たちとのトラブルも絶えない最悪の現場になった。観客は動員したものの、映画の内容のほうはきわめて評判のよろしくないものになっている。

実際に観た人にとってはこれが『エイリアン2』の何倍もの制作費をかけた映画とは思えないかもしれない。たとえば、前作の出演者にもかかわらず今作ではいきなり死んだことにされてしまったヒックス役のマイケル・ビーンなどは、ちょっとダミーの人形を使うというだけで、前作よりも多額のギャラを貰っていた。ヒットが確約された映画にみんなが群がりシッチャカメッチャカした挙句、制作費のほとんどは無駄なところへ消えてしまったようだ。

『エイリアン3』のひどい体験のせいで、デヴィッド・フィンチャーはもう映画なんか撮りたくないという気分になる。危うく有望な新人監督が潰されてしまうところだったのだ。

セブン Seven (1995年)


デヴィッド・フィンチャーの名を一躍世に知らしめた作品。七つの大罪をテーマにした連続猟奇殺人を追う刑事を演ずるのはブラッド・ピット。タイトルデザイン職人のカイル・クーパーの制作したオープニングも衝撃的だった。当時みんな真似しまくったし、ホラーやサスペンス系の映画を見に行くとたいていカイル・クーパーのオープニングが採用されているという事態に。

この一作をもって「フィンチャーといえばミステリー!」という印象を強烈に植えつけた。暗いエンディングも今じゃ珍しくないけど、当時のハリウッドのメジャー系映画ではまさかの展開で、映画館で「は…?」となったのも良い思い出。今思えば70年代以来のバッドエンドの流行を牽引したのも『セブン』だったのかも。

とにかく暗い雰囲気のホラーテイストのサスペンス・ミステリーなのが最高で、冒頭に出てくるスパゲティを食べ過ぎて死んだ大柄の死体を、『ハウリング』『遊星からの物体X』『ザ・グリード』の特殊メイクアーティストの大御所ロブ・ボッティンが制作していたのも胸熱だった。

ゲーム The Game (1997年)


「とんでもない凄いゲームです」という謳い文句にとあるゲームに招待された大富豪が、とても現実とは思えない様々なトラブルに見舞われて絶体絶命になるが……でもゲームでしょ!?というタイトルネタバレ作品といってしまえばそれまでなのだけど、それにとどまらない不思議な魅力を備えた作品だ。でもはっきりいって何がどう面白いのか説明が難しい。今度見返してみる。

『セブン』の次がこの『ゲーム』だったこともあって「フィンチャーといえばミステリー!」という印象はより強まった感がある。

ファイト・クラブ Fight Club (1999年)


はじめての原作もの。日本では知られていなかった小説家チャック・パラニュークのカルト小説をかなり忠実に映像化している。『セブン』で組んだブラッド・ピット再び。ほとんど主役といってもよいタイラー・ダーデン役で登場。

エドワード・ノートン演じるエリート営業マンが出張から帰ってくると高級マンションの部屋が爆破されていて、たまたま知り合ったタイラー・ダーデンと名乗る人物の家に転がり込むことに。タイラーの提案で飲み屋の前で喧嘩ごっこを始めたところ次々と参加者が集まってくる。二人は共同生活を始めるが、タイラーは恐ろしいカリスマを発揮して喧嘩クラブ(ファイトクラブ)を母体にテロ組織を作り上げていく。はたしてタイラーとは何者なのか。

というミステリー仕立ての話。フィンチャーには、やはりミステリーがよく似合う。ブラッド・ピット=タイラー・ダーデンのイメージを持っている人も多い。それくらい強烈なはまり役。あまりにも強烈なメッセージ性に満ちていてついつい何度も見てしまう中毒性がある。もちろんそのメッセージは原作にあるものを映画化しているだけなのだけど。おかげで翻訳されたパラニュークの小説はすべて読んでしまった。しかし何故かいちばん売れそうな『ファイトクラブ』の原作小説はさっさと絶版になっていてブックオフを探しまわったものだ。権利料か何かの問題かもしれない。いまふとマーケットプレイスをのぞいたら2500円以上の値段がついていた。僕は当時105円で何冊も買った。わはは。

パニック・ルーム Panic Room (2002年)


ジョディ・フォスターが主演のミステリーというかサスペンス寄りの作品。まあ、まあ……、面白かったと思う。こんなん作るんやな、と思った。

ゾディアック Zodiac (2007年)


で、出たーー!『ゾディアック』!!フィンチャー映画の中で『ファイトクラブ』と同じかそれ以上好きかもしれない作品。もちろんこれはバリバリのミステリー。なんたって「ミステリーのフィンチャー」ですのでね。

ゾディアック事件とはアメリカで起きた実在の連続殺人事件。それを元にしたロバート・グレイスミスのノンフィクション小説などを原作にした映画化。ゾディアック事件に取り憑かれて人生を狂わせていく新聞社の漫画家ロバート・グレイスミス(ジェイク・ジレンホール)を主人公として1960年代から現代にかけての事件の変遷を追う。

ゾディアック事件そのものが未解決なので映画で犯人が捕まったりするのは期待出来ない。日本でいえばグリコ・森永事件や三億円事件や世田谷一家殺害事件などのムーブメントになった事件の真相を追いますといったようなものか。

本作の魅力といえばダラダラダラダラと映画の終わる158分もの長尺で推理が続くこと。結論のでない事柄をあーでもねーこーでもねーとこねくり回す楽しさに満ち溢れている。あまりにもこねくり回しすぎて何が本当で何が嘘かわかんなくなってきて、見るもの聞くものすべて怪しく思えてくる迷宮っぷりが良い。推理マニアみたいな人にはたまらない映画。そして怪談マニアにも受けると思う。いくら推測しても結論なんか出ないという点では、怪談も未解決事件も変らない。怪談と推理の両方が好きな僕にとっては最高の作品だ。何も無い時はこの映画をひたすらエンドレスで流してみてたりする。

あ、そうそう。ロバート・ダウニーJrが得意のアル中の役で出ているのも忘れてはいけない。ゾディアックキラーに脅迫される新聞記者というかなり重要な役だ。

ちなみにこの作品は、殺人シーンがものすごく怖い。『セブン』みたいな派手なギミックは微塵もなくて、淡々と人が殺される様を写しているのが余計にショックを煽る。『悪魔のいけにえ』の最初の殺人シーンを思い出してしまう。あの映画も血しぶきなんかちっとも出ないのに大層怖いと評判になった。

ベンジャミン・バトン 数奇な人生 The Curious Case of Benjamin Button (2008年)


また原作もの。そして三度目のブラッド・ピット。『華麗なるギャツビー』のフィッツジェラルドの短編小説『ベンジャミン・バトン』を元にした映画。原作は好きだけど映画は見ていない。ごめんなさい。ちなみに『華麗なるギャツビー』の映画版も見ていない。何度も何度も読んだ小説の映画版とか怖くて観れない。先に読んでしまった者の運命だ。

ソーシャル・ネットワーク The Social Network (2010年)


Facebookを立ち上げたマーク・ザッカーバーグについて書かれたノンフィクションと同時進行で撮影された映画。しかし、実在の人物を勝手に映画化して良いものなんだろうか。なんらかの許可をとってるのだろうか。そのへん誰も教えてくれない。本当よくわからない。ひょっとしたらFacebookの壮大なプロモーションの一貫なのかもしれない。どこまでが映画でどこまでが現実かわからない。ただ言えるのは、見たら強烈に金儲けがしたくなる映画ではある。自分にはそんな能力ないけど。

まあ、面白かった。でも「ミステリーのフィンチャー」なのでミステリーを撮って欲しい。

ドラゴン・タトゥーの女 The Girl with the Dragon Tattoo (2011年)


「ミステリーのフィンチャー」が帰ってきた!

スウェーデンでキチガイみたいに売れて全世界でもバカ売れして日本でも売れてブックオフで108円で山積みの推理小説『ミレニアムシリーズ』の第一作目を映画化したもの。

世界でそれほど売れた推理小説がどんなのかと興味津津で見てみればスウェーデン版金田一耕助シリーズ。『獄門島』とか『本陣殺人事件』みたいな話だった。最高。やはり「ミステリーのフィンチャー」やで!

肝心のドラゴン・タトゥーの女はラノベの主人公みたいなスーパーハッカーだった。それだけ横溝正史っぽくない。いや、横溝正史も『髑髏検校』のようなラノベを書いてるからこれでいいのだ!

映画を観た後で原作小説を読もうと思っていたが忘れてしまっていたのでどれほど忠実なのかはわからない。

ゴーン・ガール Gone Girl (2014年)

ぜひラジオを聞いて下さい。「ミステリーのフィンチャー」!

side:B
【映画】あの『出エジプト記』が映画化!?
【映画】『ゴーンガール』ってどういう映画なの!?
【映画】白石監督に影響を与えた『ありふれた事件』を見たいぞ!?
【映画】30過ぎて霊感があるとか言ってる奴は暴力人間!!

てっちゃぎの貰ったらレビューするかもしれないリスト
ぶたおにホワイトベルグやクリアアサヒや石鹸など送るリスト

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稲川さん、ペットロスが人を殺すって本当ですか??


ネットラジオは一番下のプレイヤーから聴けます!

日本ペットロス協会!! そういうサイトまであった!!

日本ペットロス協会!!
そういうサイトまであった!!

ペットロスのきょうふ!!!

15年くらい飼っていた愛犬のヨークシャー・テリアが亡くなった。特に苦しむことはなくて眠るように息を引き取ったそうだ。僕があと1分はやく家に帰り着いていたら死に目に間に合った。死に目に間に合ったらどうということもないけど、ほんの1分前には生きていたと聞かされると妙な後悔が残る。

犬の目は大きく見開いたままになっていて、閉じさせようと試みたけど決して目を閉じなかった。

「ずっと見ていたい!絶対に目を閉じたくない!」という強い意思があるように感じてしまったので結局そのままにしておいた。大きく見開いた目がガラス玉のようにキラキラと輝いていた。生きている犬がそのまま固まって剥製かぬいぐるみになったかのようだった。苦しまずに簡単に息を引き取ったこともあって、死体というような無残さはこれっぽっちも感じさせない。不思議な言い方だけど、死んだような目はしていなかった。

『じゃりン子チエ』に出てきたお好み焼き屋みたいに、亡くなったペットを剥製にしていつまでも飾っておきたくなる気持ちがすごくわかる。しかし亡くなったものをいつまでも引きずっていてもしょうがないのではないか。

犬の死体を、いつも彼女(メス犬でした)が中に入り込んで寝ていた電気の入らないこたつテーブルの中に入れたままにして、そのこたつの上でお酒を飲んでお通夜の変わりとした。あまり酒を飲む気持ちにもなれなかったが、お通夜らしさを演出してみようと買ってきた純米大吟醸酒を2合以上飲んでみた。しかし普段と違ってこれっぽっちもアルコールが回らないので、それ以上飲むのをやめてしまった。

寝不足だったはずなのにこの日に限って眠たくならない。朝方まで目が冴えていた。少なからず精神的なショックがあるようだ。次の日のお昼に死体を靴箱に入れて市の火葬場にもっていって焼いてもらった。靴箱にぴったりと収まるくらいの小さい犬だ。靴箱に入れて飾り付けられると本当によく出来たぬいぐるみにしか見えなかった。それがあまりにも見事だったので焼いてしまうのが無念だが、写真を撮影することすらしなかった。いくら可愛いとはいえ、死体の写真なんか残っていると何となく怖い。

火葬料は3000円だった。こうして愛犬の葬儀的なものはあっけなく終わった。後には空虚な気持ちだけが残る。いままで意識したこともなかった「ペットロス」という言葉がぐるぐると頭を回転していた。

その前にも15年くらい飼っていた雑種犬を亡くしている。その時は弱り切って何年も苦しんでいるのを見ていてとても辛かったので二度と犬は飼わないと誓ったものだ。しかし再びあの喪失感を味わうことになろうとは。今回の犬は僕が飼おうと言いだしたわけではないけど、何が起きるかわからないものだ。

ペットロス作品群!?

谷口ジローの漫画に『犬を飼う』というのがあって、犬を病気で失う辛さと飼い主の苦悩がこれ以上ないくらいに執拗に描写されている。僕が前の犬を失った時とわりに状況が似ているせいか、今まで読んだ漫画の中でもトップクラスに号泣した作品だ。今でも怖くてあまり読み返す気になれないくらいだ。そんな本を他人に勧めるのもどうかと思うけど、やはり名作だと思うので『孤独のグルメ』とか読んで谷口ジローに興味をもった人には読んでもらいたい。あと、犬を飼いたいと思っている人もぜひ一読してもらいたい。動物を飼うことの覚悟を教えてくれる漫画でもある。

谷口ジローは軍用に改造されたミュータント犬を主人公にした『ブランカ』や続編の『神の犬』なども書いているので相当にイヌ好きだと思われる。『犬を飼う』も実際に飼い主として体験したことを描いたようなものだ。

思えば今回の犬もあわせれば30年近くは犬のある人生を送っている。自分ではとくに愛犬家と言われるような類の人間では無いと思っているけど、40年の人生のうちで犬のある生活の方が大半だったと考えれば、犬のない生活のほうが不慣れだと言える。これから慣れていかねばならないのだけど。やはり「ペットロス」という言葉がぐるぐると回っている。話には聞いていたけど自分もそうなってしまうのだろうか。いや、まさか、そんなに依存していたわけではないはず。自分はそんな弱い人間ではないはず。などととりとめもない事を考えてしまう。そんなこんなで、次々と新しいペットを飼ってしまう人が多いのだと思う。だからこそ僕は新しく犬を飼うなどは絶対にしたくないのだけど。

しかしそうこうしているうちに「ペットロス」などと無意味に検索バーに打ち込んでしまっていたりする。

日本ペットロス協会!!!そんなのもあるのか。とか用もない知識を仕入れてしまう。

いろいろのペットロスの症例を調べると余計に恐ろしくなる。ネットの情報にはモノスゴイことが書いてある。

うつ病
不眠
情緒不安定、疲労や虚脱感・無気力、めまい
摂食障害(拒食症・過食症)
精神病様症状
胃潰瘍など消化器疾患

(Wikipediaより)

ほとんど死の病である。恐ろしすぎる。こんなものは調べないでおけば良かった。油断していると日本ペットロス協会に入ってしまいそうである。

そういえば内田百閒の『ノラや』という本は、猫を喪失した内田百閒の強い悲しみを綴った内容だそうだ。これは買ったような気がする。どこかへ積み本してしまっている筈だ。探しだして読んでみなくては。ペットロスという言葉に引きつけられてしまっている自分がいる。まずいかもしれない。

だいたい自分は犬が死ぬ話が嫌いである。『アイ・アム・レジェンド』の映画版も何が嫌いかというと主人公のウィル・スミスが飼っていた愛犬が死ぬシーンがあるからだ。だから映画館で見てから二度と見返していない。

そんな僕が今回元気を出してしゃべっているのラジオ。ぜひ聞いて下さい。

side:A
【飼育】15年飼ってた愛犬が死んだ!?ペットロスの恐怖!!
【精神】ゴミ屋敷になってしまう人は孤独を紛らわすため!?
【沖縄】サービス最悪!!沖縄バス問題を熱く語る!!
【商売】落合信彦、やまもといちろう、そして与沢翼たちなのか!!

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選挙の投票について愚民が勘違いしがちな七つの誤解


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選挙のことを書こう

今時ブログやホムペで特定人物や特定政党の政治批判すると、なんとか法案に基づいて脅しが飛んでくるという噂を小耳に挟んだので、うちのような看板も出さずに必死にやっている(高菜コピペ!)個人サイトとしてはそれではやっていけないので、今回は選挙前特集ということで、選挙に対する心構え的なものを教えておきたいと思う。

これはどちらかというと政治批判ではなく国民批判なので、けっして政治犯ではないのでそこらへんよろしく。国民批判を認めてもらえないならやっていけないんですよ!(高菜コピペ2!)

ようするに愚民が陥りがちな選挙というものに対する無理解とか勘違いとか心構えの低さを正し、市民として啓蒙するための文章だ。

以下の項目のひとつでも無条件に頷くところのある人は愚民のおそれがあるので選挙で失策を犯す前にぜひそこの項目を読んでいくこと。他の項目も読むこと。もう選挙が終わっていた、もしくは選挙の予定がない場(これは2014年末の衆院選前日に書いてるがあなたがいつ読むかはわからない)でも読んで反省すること。

投票率が上がると政治が良くなる
若者が投票にいくと政治が良くなる
国民が政治に関心をもてばまともな選挙になる
支持政党が無いなら白票を入れるべき
死票になる投票は無意味
誰に投票するかは他言すべきではない
最高裁信任投票はわからなければ無印で

投票率が上がると政治が良くなる

とにかく投票。投票、投票、さっさと投票!しばくぞ!

というわけで投票厨とよばれる人たちがいる。彼らの主張はこうだ。

政治が悪くなったのは投票率が落ちたせい。投票率が低いから悪がのさばる。税金が上がるのも、原発が爆発したのも、貧困問題も、円高も円安も小麦の高騰に泣くのも、すべて君らが投票しなかったせいだから不満を言うな。むしろ世の中の悪いところがあるとすればそれは投票率が低いことであって、投票率さえあがれば万事問題なし。投票率が百パーセントが幸福度百パーセントとしたら下がれば下がるだけ不幸になっていく。だからぜひ投票に行って外食しよう。

選挙が近づいてくると彼らの野生の血のようなものが興奮するのか。やたらはしゃぎだす。あなたのネット世界やテレビ世界にもいるはずだ。「政治が変わるのは投票しかないです。投票しましょう!」と呼びかけてドヤ顔のこういう手合いの厨が。あるいは身近な存在として投票厨と顔を合わす生活をしている人もいるかもしれない。ご愁傷様。

なんで投票率があがれば世の中が良くなるのか。意味がわからない。「雨乞いの踊り」みたいなものか。上の主張は極端に書いているところもあるけど、ほぼ彼らの主張に沿ってるはずだ。だって彼らは選挙に行きましょうしか言わないのだ。こうなってくると何かのオカルトと考えるほうが納得しやすい。

「投票率が上がらないと組織票に勝てないのでは?」

こんな世迷言をぬかす投票厨もいる。組織票とはなんだ。全体の投票の何パーセントが組織票なのか。そんな事を聞いても彼らは口をつぐむばかり。

「とにかく投票率が下がると組織票の価値があがるでしょ。だから投票率をあげないといけないんだよ!」

たとえば衆院選に限って言えば、戦後の投票率は上下に振れつつ最大76パーセントから59パーセントまで下降してきた。少なくとも59パーセントがダメだとしたら何パーセントになれば組織票に勝てるのだろうか。たとえば70パーセントか。だった10パーセントの上積みで勝てるのか組織票に。組織といっても案外たいしたことなかったんだな。

たとえば2012年末に行われた第46回衆議院総選挙。自民党が圧倒的な議席数で返り咲いた選挙だ。しかも投票率が過去最低の59.32パーセントという選挙でもあった。投票厨の主張としては投票率の低下がもたらした結果だそうだ。

しかし、である。第28回衆議院総選挙から第46回衆議院総選挙まで、自民党は勝ちまくってきたのである。投票率76パーセントの時も68パーセントの時も59パーセントの時も最大議席を占めていた。

その勝率18/19!!!

2012年に民主党に政権を奪われるまで実に17連覇!!!!

べらぼうな強さである。金に物をいわせて好き放題やらかしていた巨人ですらV9が最大だったというのに。自民党の前身にあたる自由党やらを含むともっととんでもない事になる。

1996年の比例代表導入後の得票率から推察するに自民党は近年最低でも1600票は獲得する能力をもっている。極端な仮定として、これを全部組織票と考えてみよう。ちなみに最大にフィーバーした小泉内閣時で2600万票の票を獲得している。

有権者数が1億人ほどだそうだから投票率が6割として6000万票ほどを選挙で取り合いをしている。3000万票以上を獲得できれば少なくとも比例区ではトップに立てる計算だ。事実、民主党が政権を奪った時はこのくらいの得票数だった。3000万票あれば自民党の組織票が仮に1600万票あっても(実際は組織票ではないだろうけど)勝てる計算だ。

じゃあ投票率が6割あたりを推移しているときに突如として選挙率が100パーセント近くなったという無茶な仮定をしてみる。そんなことは絶対におこりえないが、軍隊がおしよせてきて選挙民をトラックに詰め込んで強制的に連行するでもなんでもいい。ともかく、これでほぼ投票率が100パーセントになった。

とすれば、ここに今まで無かった4000万票の票が出現する。3000万票が当確ラインだというのに4000万票!なんという圧倒的な力!埋蔵金とかいうレベルではない!こんな暴力の前にはあらゆる政党の組織票なんか児戯!荒波の前に置いた雪だるまみたいに無残に押しつぶされること必定!それもこれも投票率があがったおかげや!バンザイ!

で、この4000万票はどこに行くの?これって何党に投票されるべき票だったのか?

しーん。。。。

「え、自民党(震え声)」

アホか!ただでさえ自民党は比例区では1600〜1800万票獲得する能力がある!そこに4000万パワーも加算してどうするのか!

しかしこれは笑い話ではない。投票されない4000万票の行方なんて誰が知ってるのだ。

だってこの4000万票前後の票は、誰も開拓していない票田でしかないもの。

選挙に行かない人の理由は様々だけど健康上の理由とかそういうのは除外して考えるに、潜在的に票になり得るのはこういう理由で未投票の人だろう。

1.どこに入れたら良いのかわからない。興味がない。
2.支持政党なんか無いので棄権する。
3.どうせ結果がわかっているので馬鹿らしいので死票を投じたくない。
4.選挙結果に不満はないので面倒なので自分が入れるまでもない。
5.崇高な理念があって拒否。

4の人は自民党の票みたいなもんなのでアウト。こういう人が全体の半分くらいたらどうなるのか。トラックに詰め込んで無理矢理強制投票させたとて自民党の得票がいきなり2000万票跳ね上がる。そうでなくとも1の人だって特にポリシーは無いから高い確率で自民党に入れるとは考えられないだろうか。いったい何が嬉しくて投票を煽るのか。やはり投票率そのものの上昇に興味があるとしか思えない。

だからせめて投票を煽るなら、どこに入れるのか統一した見解を述べる必要性がある。でも相変わらず投票に行きましょうと嬉しそうに連呼しているだけ。じゃああなたはどこに入れたら良いと考えているのか?と聞いたら、「それは自分で考えましょう」とか屠殺前の牛みたいな笑顔で返してくる。投票拒否層が自分で素直に考えた結果は「投票拒否」なんだよ!と言いたいけど。

若者が投票に行けば変わる

若者厨である。これも基本的には投票厨と同じような疑問をはらんでいる。その上で若者に限定するから潜在的な票はかなり少ない。救い難い。そして若者の投票しない理由はよくわからんだ。そんな若者に若者厨はどこへ投票しろと勧めるのか。また無言?どうしようもない。何も言わへんのやったら自民党に入れるだけである。かくしてまたしても自民党の得票が伸びるのであった。。。

若者厨の主張の根拠になっているのは日本の政治が若者に厳しく老人にやさしいからだと。若者厨には年金の先送り問題やら医療負担の増加やら介護問題やら全く見えていないらしい。日本の政治が優しいのは資本家と政治家の年寄りであって、貧乏人の年寄りにはなんら有利には作られていない。年寄りに放射能や原発は有利か?生活保護引き下げも老人には追い風か?そんなバカな!消費税だって何だって得しているのは政治家と一部の大企業だけだ!そういうのは老人目線でもなんでもない!資本家と政治家が単に歳をとっているだけ!

国民が政治に興味を持てば政治が良くなる

ならない。

もしも本気でみんなが政治に強い関心をもって取り組むならばあるいはそうかも知れないが、この種のことを主張している奴にろくなのがいない。この手合いがいう政治に関心を持つとはテレビとか新聞の報道を熱心に見るということだ。ネットニュースも含むだろう。そしたらどうなるか。マスコミがいうままの政治問題を語りマスコミがいうままに判断するロボットみたいな人間がポン!はい!出来上がり!

こういうロボットはなんとなく自分の生活が苦しいような気がしててもマスコミで「アベノミクス!」とか言うてたら「やっぱりアベノミクスかなあ」などと思い込んでしまう簡単な回路しか備えていないので実に操りやすい。それでいて、自分が「社会や政治を真剣に考えている意識の高い人間」と思い込む錯覚回路ももっているので嬉しい。広告代理店に払うお金さえ惜しまなければ簡単にコントロール可能だ。

支持政党がなければ白票を入れるべき

アホじゃないの?

固定票を持つ与党からしたらこれほどの援護射撃はない。

投票率だけあがって野党の力は一切伸びない。

白票なんて敵に塩を送るようなもんだろ。それよりか家で寝ていた方がマシ!

投票率を上げて何になるというのか。入れるところが無いなら徹底して選挙をボイコットしようとなぜ言えないのか。

白票なんてぜんぜんインパクトないけど、選挙ボイコット運動が広まればそれはそれで社会に与える影響を考えるなら有意義かもしれない。

「入れるところはないけど選挙制度には大いに賛成する。誰が当選しても選挙率という形で後押しします」というサインだぞ白票は。よく考えろ!

死票になる投票は無意味

ネットニュースやテレビとかでどこが優勢かしらべる。

勝ちそうなところに投票。

やったー!勝った!俺の一票が生きた!

かくしてマスコミ発表の事前予測は今回も大勝利。その精度はますますと上がっていくのだった。。。

完全にアホだろおまえら。

誰に投票するかは他言すべきではない

なぜかこういう暗黙の了解のようなものが世間でまかり通っている。

お前ら国民同士がコンセンサスとらずして、いったい誰の意見をまとめて政治を判断するのか。マスコミか?大本営か?

「投票率をあげて組織票に対抗しなくちゃ!」

とかいっちゃっている自称意識の高い系のロボットが率先してマスコミ発表に操られる巨大な組織票と化しているナンセンス!

これだったらまだ何かしらの見返りのある組織に所属しているほうが良かったわ。これら無自覚組員は、まるでハーメルンの笛吹きに操られるネズミみたいに、溺れ死ぬ方向に誘導されているだけなのだから。

最高裁信任投票はわからなければ無印で

わからなければ全部バツが大正解。

これについてはコチラが大変詳しい。
http://politas.jp/articles/231
まだこの制度で不信任とされた判事はひとりもいないという恐るべき事実!

戦後の判事は聖人君子ばかりだった?んなバカな!

あまりにも歪みすぎた制度なのに意外に知られていない!

仮にも三権分立の一角を担う超重要な要素なのにマスコミは話題にもしない!それは圧倒的に!ほぼ自動的に!信任されてしまうというイカサマシステムに秘密が隠されているわけだが。

まるで一年契約のネットサービスの年間料を支払って366日目までに脱退をするのを申告しわすれていたせいで二年目も勝手に引き落とされていた恐怖に近いというか。。。

民衆による不信任というプレッシャーに晒されることなく圧倒的に保護された司法が、民衆の要請によって立法や行政に物申すストッパーとして満足に働いてくれるかどうかバカでもなければ理解できるだろう。

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安っぽい名作『バチアタリ暴力人間』は日本映画ファン必見の映画や!!


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batiatari

白石ワールドのひとつの総決算

 『バチアタリ暴力人間』は胸くそ悪いDQNが大活躍する話なので本当に胸くそ悪いのだけど同時に笑える作品でもあるし、映画的な興奮に打ち震える感動作でもある。誰にも彼にも勧められる映画ではないけど、白石監督の『ノロイ』『オカルト』などを許容出来た人は絶対に見るべきだろう。白石監督の映画制作へかける思いと覚悟がはっきりとわかる。

心霊ビデオの撮影だと言ってるのに大物ロックスター気取りなのかギターや日本刀をセットして登場してくる暴力人間たち。

心霊ビデオの撮影だと言ってるのに大物ロックスター気取りなのかギターや日本刀をセットして登場してくる暴力人間たち。

物語を簡単に説明すると

 新興宗教の除霊会に参加した心霊ビデオの監督白石コージは、同じく除霊会に参加していたガラの悪い2人と知り合う。除霊の儀式のさなか、ブチキレしたそのガラの悪い2人(暴力人間とする)は、突如暴れだして教祖と弟子たちをぶちのめしてしまい、心霊ビデオの撮影は無茶苦茶になる。後日、白石の事務所を尋ねてきた暴力人間2人は、自分たちを役者だと言いはり、ギャラの要求と、さらなる新作の撮影を強要してくる。暴力人間の脅迫に屈服した白石は彼らと心霊ビデオの撮影を始める。やがて彼らに主導権を完全に握られ、当初の計画の実録心霊ビデオから、暴力的エンターテイメント映画に撮影内容がシフトしていく。最初は恐怖心から従っていた白石監督だったが、次第に感化されていき映画撮影の暴力的魅力に目覚めていく。

 1997年のミヒャエル・ハネケ監督の『ファニーゲーム』を彷彿とさせる不愉快な二人組ものストーリーといえる(他にそんなジャンルがあるのかは不明だが)。ただ、あの映画までは不快にはならないので安心して欲しい。

 これも白石作品の他のものと同じで、いわゆるモキュメンタリー(『食人族』『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』のような嘘ドキュメンタリー)といわれるジャンル。でも少々どころじゃなく事情が混みいっていて、かなり整理して見ていかないと頭が混乱してしまうところがある。

嘘の上に嘘がのっかってさらに嘘をかぶせる作品

 この映画の主人公の映画監督である白石コージ(もちろん白石晃士監督本人が演じている)は、実録心霊DVDの監督という設定になっている。その心霊DVDの撮影の内幕ドキュメンタリーという体裁のモキュメンタリー(偽ドキュメンタリー)映画なのだ。

 まずドキュメンタリー心霊DVDという「実話だといって心霊ドキュメント映像を撮影制作している嘘」という世界があって、「嘘の心霊キュメント映画の撮影の内幕のドキュメンタリー映画という嘘」という二段構えの構成になっているわけだ

 二段階目の嘘にあたる映画内現実では、撮影中に乱入してきた山本剛史と笠井暁大という暴力人間2人(これもそれぞれ本人が演じている)が、主人公である白石コージ監督にヤラセ映画(虚構)の撮影を強要していく。ここからは虚構を撮影する偽虚構が展開していく。つまり架空の映画撮影の偽ドキュメンタリーだ。そしてここから先も前も、らっきょうの皮を剥いていくくらいどこまでいっても嘘が続いていく。

暴力人間「あのビデオもヤラセやったんか?」 白石監督「俺の知る限り心霊ビデオに本物なんてないから」 なぜかオカルトを信じていてちょっとがっかりしたような暴力人間と、身も蓋もないこと言ってしまう白石監督のやりとりに笑ってしまう。

暴力人間「あのビデオもヤラセやったんか?」
白石監督「俺の知る限り心霊ビデオに本物なんてないから」
なぜかオカルトを信じていてちょっとがっかりしたような暴力人間と、身も蓋もないこと言ってしまう白石監督のやりとりに笑ってしまう。

映画はどこかしら二律背反した世界

 そもそも最初の出発点からして嘘しか無いのだけど、これほど嘘が散りばめられた映画も無いくらい嘘だらけだけど、そもそも映画というのは嘘しかないものだったりもする。主人公の白石コージ監督は本編中で「心霊ビデオなんか本物があるわけないのよ。全部嘘なんだ。全部作りモン。」と、映画制作のどうしようもない本質を言ってしまったりする。

 モキュメンタリー型式というどうしようもなくリアル感を追求している映画監督が、同時にどうしようもないくらいに虚構を追求しているという、一見すると矛盾したり相反しているかのような欲求をストレートに表現した作品が『バチアタリ暴力人間』といえる。もちろんリアルと虚構の両立というのは映画においては相反している要素ではない。映画の歴史のひとつの側面が、リアル感の追求でもあったのは、歴代のハリウッド映画なんか見ていてもおわかりかと思う。『バルジ大作戦』よりも、『戦略大作戦』よりも、『プライベート・ライアン』や『フューリー』の方が現実感が増している。

映画の世界に飛び出していく暴力人間たち!

現実の重力から解き放たれて映画の世界に飛び出していく白石監督と暴力人間たち!!これぞインターステラーだ!?

モキュメンタリー映画ブームの後に

 『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』のメジャーヒット以降に、『クローバー・フィールド』やら『パラノーマル・アクティビティ』やら『REC』といったモキュメンタリー映画が大流行したのも、時代が要求するさらなるリアル感の追求の結果だったし、ゾンビ映画の大御所ジョージ・A・ロメロだって手ブレカメラ風の映像のゾンビ映画『ダイアリー・オブ・ザ・デッド』なんていう作品も作ったくらいだ。

 白石晃士監督もその大きな流れに乗っかって『ノロイ』を引っさげて世に出てきた。そのままだったら単なる二番煎じのフォロワーで終わっていただろう。しかし白石監督のその後の『オカルト』や、この『バチアタリ暴力人間』など一連の作品を見れば、どこまでも映画という虚構の現実を大切にしている監督なのかがわかる。そしてモキュメンタリー方式の映画のその先のあり方を模索しようとしている意識の高い監督でもある。だから僕らは白石映画から目が離せなくなってしまう。

 ただ、人によったら、ただ安いだけの映像作品を撮影しているだけにしか映らないのが悲しい。この『バチアタリ暴力人間』も、ただただ刺激を追っただけの安っぽい映画だと一瞥して切って捨てる人も多いだろう。実にもったいないと思う。

 今週のラジオはてっちゃんによる話題のあの映画のあとに、『バチアタリ暴力人間について、少々熱く語りすぎてしまったかもしれませんが聞いてください。

side:B
【映画】『2001年宇宙の旅』はつまんない映画なのか!?
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【映画】スペシャリストの人選を間違った!?
【映画】映画愛にあふれた作品『バチアタリ暴力人間』!!

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